【33歳女性・採卵回数9回・胚移植回数2回】
主訴
デスクワークによる肩こり、眼精疲労、腰痛、頭痛を伴う。
現病歴
早発卵巣不全と診断され、今回で10回目の採卵になります。1年前までは1回の採卵で3個ほど採れることもありましたが、現在は1個採れるか、採れないかという状況です。採卵できたとしても、分割が途中で止まってしまったり、凍結できても胚のグレードが低いことも多く、厳しい状況が続いています。担当医から、卵巣の血流を良くする鍼灸をすすめられました。肩こりと腰痛も昔からひどいので改善したいです。
検査所見
AMH(抗ミュラー管ホルモン):0.18ng/mL
治療部位
・後頭下筋
・肩甲挙筋
・僧帽筋
・胸部の多裂筋
・腰方形筋
・中臀筋
治療経過
2024年10月から週1回のペースで約2ヶ月間、鍼治療を行いました。12月の採卵でグレード良好な分割胚(グレード1・グレード2)を2つ凍結することができました。鍼灸治療による卵巣血流の改善や自律神経への作用により、卵胞発育が認められ、卵子の質の向上にも寄与した可能性が考えられます。
初回の施術後には長年悩まされていた肩こりが軽減し、日常生活ではほとんど気にならない程度まで改善しました。仕事の忙しさによりデスクワークの時間が長くなると再び凝りを感じるものの、以前のような慢性的な不快感は解消されました。
また、横向きで左側を下にして寝るときに感じていた腰痛に関しては、1回目の施術で筋肉の緊張がほぐれたことにより、深部にある“芯”のような痛みが明確になりました。2回目の施術では、その“芯”となっていた部位に鍼が届いた感覚があり、「まさにそこが痛みの原因だった」と患者自身が実感する効果が得られ、以降痛みは完全に消失しました。
考察
早発卵巣不全(POI:Premature Ovarian insufficiency)とは、女性のうち40歳未満という早期に、月経がなくなってしまうことを言います。 早発卵巣不全の患者様は、体内で女性ホルモンを分泌する能力が衰えており、排卵が行われていない状態です。また卵巣内に残っている卵子がたいへん少なくなっているため、一般的には妊娠することがとても難しい状態といわれています。
この「わずかに残された卵胞」をどのように育てていくかは、POI治療における非常に重要な課題です。近年では、医師の間でも、排卵誘発の精度を高めるためにホルモン値の推移を綿密に観察したり、PRP療法やIVA(卵胞活性化療法)など新しい治療戦略を試みる動きが見られます。
そして、その補完的な手段のひとつとして、トリガーポイント鍼治療が注目されています。鍼灸は、卵巣周囲の血流を改善し、自律神経のバランスを整えることで、卵胞発育環境の改善に寄与する可能性があると考えられています。
早発卵巣不全(POI)の患者様においては、心理的負担の大きさから交感神経系が過剰に興奮しやすい傾向があり、結果として卵巣機能をさらに低下させる要因となり得ます。この交感神経は心臓や肺だけでなく、実は卵巣にも密に分布しています。
実験動物(ラット)を用いた研究では、交感神経を刺激すると卵巣内の血流が減少し、エストロゲンの分泌量が急激に低下することが確認されています。
特に重要なのは、エストロゲンの産生に関わる「アロマターゼ」という酵素が、交感神経を介して分泌されるノルアドレナリンによって抑制されてしまう点です。すなわち、ストレスにより交感神経が高まると、アロマターゼの活性が低下し、エストロゲンの産生も減少するというメカニズムが存在するのです。
また、ストレスと一概にいっても、精神的なものだけではなく、肉体的なストレスがあります。例えば、長時間座りっぱなしのデスクワークによる筋肉の凝りなども含まれます。頭痛や肩こり、腰痛などの不快な症状も交感神経を興奮させる要因になります。鍼灸治療は、筋肉のコリを取り除き、自律神経のバランスを整えることで、交感神経優位の状態を緩和することが可能です。これにより、ノルアドレナリンの過剰な分泌が抑制され、アロマターゼの活性が維持されやすくなります。その結果、エストロゲンの分泌が促されるというメカニズムが期待されます。
補足すると、卵巣機能が回復した周期と、そうでない周期のE2値を比較すると、卵胞発育が認められた周期では血中E2値が優位に高いと報告されています。(日本生殖内分泌学会雑誌 Vol.19 2014)
加えて、POIの排卵誘発においては、高FSHを是正することが肝要と考えられている一方で、血中FSH値よりもむしろ、血中E2値が卵胞発育の予測因子として重要であるという報告もあります。これは、エストロゲンが卵胞のFSHに対する反応性を高めるだけでなく、原始卵胞の形成や活性化を促進する働きがあると考えられているためです。
以上のように、鍼灸は自律神経を介して卵胞に作用し、卵胞出現の可能性を少しでも高めるための補完療法として有用性を持つと考えられます。
様々な鍼灸の流派がある中でトリガーポイント鍼治療は血流改善効果が高く、自律神経へのアプローチにも強い治療法だと自負しております。もちろん、鍼灸だけですべてが解決するわけではありませんが、卵胞の出現頻度を少しでも上げる方法のひとつとして、鍼灸治療は一定の可能性を持っていると考えています。
早発卵巣不全の治療でお悩みの方にとって、トリガーポイント鍼治療が少しでもお力になれましたら幸いです。どうぞお気軽にご相談ください。
参考文献・書籍
・内田さえ『エストラジオールと自律神経の相互作用』
・宮崎薫・丸山哲夫『早発卵巣不全・早発閉経に関する諸問題』
・『臨床婦人科産科』2021年 Vol.75 No.1「生殖医療の基礎知識アップデート:早発卵巣不全の治療」
・Ireland JJ, et al. (1978). Acute effects of estradiol and follicle-stimulating hormone on specific binding of human [125I]-FSH to rat ovarian granulosa cells in vivo and in vitro. Endocrinology, 102(3): 876–883.
・Britt KL, et al. (2004). Estrogen actions on follicle formation and early follicle development. Biology of Reproduction, 71(5): 1712–1723.
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